エイミーは泣く

自分語りばかりがたたり CRYAMYのボーカルの日記兼雑記

俺には友達がいない

部屋でギターを弾きながら書いている。

俺はDmとGが好き。

1、2弦固定のコードってなんかいいよな、よくない?wonderwallとかさ。

もうドロップDチューニングやめようかな。

 

突然だが俺には友達がいない。

友達というwordは無責任なもので、「学校が同じ」や「職場が同じ」といったカスみたいなつながりでも、言っちゃえば友達になっちゃうのだ。

俺のように、周りの同じ年ばの若者たちからしたら大いに道を外した人間は特に顕著だが、人間関係というものを斜に構えて見がちだ。

 

この間うちのベースと話していたんだけど、人間というのは生まれて間もなくは平等に愛を注がれ、またその愛を素直にうけとめれられる。

それはその人の世界が両親で完結しているから。

ところが世界は年を重ねるにつれて広がっていく。

受入れようが受け入れまいが、見て触れたものは自動的に世界だ。

世界は今なお広がっていて、その中で人間は「愛に挫折する」。

 

例えば、初恋の女の子にフラれたり。

友達が自分の陰口を叩いているのを聞いてしまったり。

教員と折り合いがつかず、揉めたり。

彼女との仲がうまくいかなかったり。

 

俺の場合は、「応援してるよ」と言って、1mmも俺に興味を持っていないような奴ら。

 

愛の挫折とはそういう、期待していた愛情を受けられなかったりした、悲しみの積み重なりであり。

心は脆いもので、最初はまっすぐなんだけど、上から悲しみが積み重なって降り積もって、まっすぐではいられなくなって、歪曲して、最後にばっきりと折れる。

折れた心はもう悲しみを受け入れられずに、降ってくる悲しみに潰されて細かく粒子状になって、サラサラになってしまう。

そうやって、もうまともに愛を信じられなくなってしまう。

 

ものはたとえだがこんな感じ。

だから俺には美しい友情なんてないし、美しい恋愛なんてない。

人間の劣等感は根本的に「愛の挫折」からくる。

 

俺はこういう挫折感に、認識しているにせよしていないにせよ、今まさに殺されそうになっている人が少しでも報われるように頑張りたいなぁ。

俺はoasisにもなれないしrise againstにもなれない。だが、彼ら以外にならなれる。

 

「大事な話があるの」と今一番大事な女の子に言われた。

とりあえず最後にセックスしてから別れたい、って考えてしまった俺の心はさらさらだ。

こんなクソみたいな心は、筆に撫でつけて詩にしてしまいたいよ。