エイミーは泣く

自分語りばかりがたたり CRYAMYのボーカルの日記兼雑記

night scape sentimental

先日はセンター試験

みなさんお疲れって感じです。お疲れ様です、うすうす。

 

俺の妹や高校時代の親友、そしてバンドメンバーのベーシストも受験でして、悲喜交々の様相を帯びております。

 

妹の話に限定するなら受験失敗で、これからまた浪人するのか、はたまた諦めて別の大学に行くのかなど、彼女は彼女なりの絶望があるのかなぁと。

 

電話でも長いこと話し、久方ぶりに瞼に熱い涙がこみ上げたんだけど、本人の絶望は他者は知りえないし、俺が知った気になって涙なんて流してはいけないということで我慢した。

 

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人の立場に立ちましょう、とかいうのが嫌いだ。

中学二年生の頃から思ってて、一時期「ヤダ!これっていわゆる邪気眼!?ヤダ!飛影!?」とか思ってたけど、すでに俺の思想の一つだ、すまんな。

 

人の絶望を背負い込めるというのは傲慢な考えで、それのミニチュア版、それが「人の立場に立つ」

 

結局善意とはどこまでも押し付けであり、立場に立ったところでその時の気持ち対応は十人十色、わかりっこないと思う次第。

自体、間違ってるその思想。

人の立場に立った行動、すらも恩着せ出し、それで人を傷つけてしまうことすらあるよ、多分。

ただ「思いやったぜ?」っていうのが欲しいだけだろ、とひねくれた僕は思う。俺は、ね。

 

結局見守るのが正解だと思っている。

ただ、一番いいとは言わん。確かに相手の立場に立った立ち回りは人を救うこともあるわけだしさ。

難しいね。

 

幸い、俺は友達もあんまりいないから、こういう気遣い自体無用の長物。

 

高校時代、俺は友人を一人病気で亡くしている。

呼びやすいようにLちゃんとしよう。CVは山口勝平だ。女だけど。

Lちゃんはそりゃいい子だった。俺の親友の妹で、気立てのいい子で、とにかくいい子だった。

「蓮太郎が心配よ」が口癖の女の子だった。

まぁ昔から俺は人格に問題あり、スーパーゴミ野郎だったのでそりゃ心配でしょうな、って感じだった。

 

Lちゃんは高校二年生で他界してしまった。

俺が最後にお見舞いに行った一ヶ月後だった。

 

彼女の夢はお嫁さんだった気がする。もう覚えてねぇ。思い出したくねぇし。

 

あぁ彼女の絶望はいかほどだったのだろうか、そんなもんはわからん。

正しかったか?俺のあり方は?わからんよわからん。

俺はどこまでもダメだった気もするし、彼女の一番の理解者だったという自負もあるし。

 

誰にだって絶望はある、目覚まし切って窓の外をぶっ壊したくなるような苦しみもある。

 

錯覚かもしれんが、気持ちの沈んだ人間の髪は青く見えないだろうか、俺だけかも。ワカンねぇ。

でも比喩でもいいよ、青なんだよ悲しいのは、悲しい気持ちというのは。

 

悲しいから使い物にならん足をちぎってみたくなるし、悲しいから優しく撫でようとした手でほっぺを打つこともできる。

 

まぁそれでいいんだよきっと。

素直だし一方じゃ、綺麗な物がゆがんて見えて綺麗なんて言えない、素直じゃないのもまた個人の視点。立場か。

 

みっともなくて涙が垂れてしまうけど、絶望と上手く付き合わないと、きっと自分は大事にできんよ。