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エイミーは泣く

自分語りばかりがたたり CRYAMYのボーカルの日記兼雑記

死にてぇなぁということについて

古い友人から連絡が来ると心が躍る。

幸運なことに俺と長いこと友好に付き合っている奴らは多くはないがいい奴が多く、そういう人たちから連絡をもらうと嬉しくなる。

一体何の用事だろうか、と思いながら、懐かしい話に花を咲かせていた。

 

ずいぶんと長いこと話し込んで、それじゃあ、と言って電話を切ろうとしたらぽつっとこういった。

 

「無理せんように」

 

まぁよくある別れの台詞ってやつですよ。

「おう」と言って電話を切って時計は午後8時半。

ギターをおもむろに取り出してポロンポロンと単音を鳴らしてコードを探る。

あぁ無理するなよ、とは言われたが、俺は無理してるのか?

 

無理するなよ、はよく言われるセリフ第1位だった。

俺はそんなに傍目から無理してるように見えるのか?

飯は食ってないが血色はそんなに悪い方ではない気がするんだけどな。

 

「変わってるよな」とよく言われていた。

当時学校で俺は孤立していて、クラスでは一番の嫌われ者と言って差し支えないくらいだった。

二年生の貴重な夏休みは押し付けに近い形で任命された体育祭のいろいろで潰れ、当時組んでいたバンドは仲の悪さが絶頂期だったし、このころからだろう、俺が一切人に期待をしなくなったのは。

 

中学でも盛大に人間関係を清算できないまでに失敗し、高校でも大いに嫌われた俺はそれでも「俺は悪くない」と言い聞かせて、なんら変わることはなかった。

結局は「お前は生きてることが失敗だ!」とでも言わんばかりに今日まで嫌われ続けているのだけれど。

 

そうはいっても俺は消耗していたのだろう、当時の彼女とは一緒に布団にくるまってよく泣いていた。

愚痴るでもなくただ泣いていた記憶がある。

頭に蛆が湧いてるような女しか見てこなかった女運が最悪の俺の唯一の天使みたいな子だった。

もう顔があまり思い出せないのだけれど、痩せた色の白い女の子だった。

 

体育祭と前後するように俺は学校に行かなくなった。

きっかけはクラスのそれなりに仲良くしていたEさん(融通が利かない子だったので、本当にアルファベットみたいな人間だと未だに思う)という子に「そんなんだから嫌われるんだ」と面をしかめて言われたことだった。

 

この時初めて思ったのが、「集団からの孤立」みたいな、どこにでもあるような絶望ですら、当人以外の人間にはわからないんだなぁ、と。

またそこに絶望した。

仲のいい友達も数人はいたのだけれど、もう当てにするという発想が出ないほど無理だった、むーりっ!

 

部屋に引きこもってると、下宿先のババアが怪しんでくるので、本当に泣きながら電車に乗って、三駅先の彼女の家まで駆け込んだ。

高校二年生にして女の家に厄介になるという、昔の文豪もびっくりの状況が出来上がった。

 

下宿先には適度に帰りつつ、夜は窓から抜け出して女の家に通っていた。

学校は日に日に出席が減っていき、学友とは口をきかなくなり、不思議と成績が上がったので、なおのこと陰口を叩かれていた(らしい)。

 

「俺はダメだ」というたびに「レンタロウはかっこいいよ」と優しく言ってくれた。

世界で一番優しいんじゃないかと思ったし、俺にとってはそうだろうなぁ。

未だに代わりになる人は見当たらんくらいだ。

 

「無理しないで」なんていつも言ってくれたその子は最近子供が生まれた。

元気な子供だったようで、俺はフェイスブックでそれを知って、なんだか悲しくなって退会した。

 

mixiの、非公開の日記にはひたすら「死にたい」ということが回りくどく書かれていた。

元気に生きてるのは、彼女をはじめ、どん底でゲロまみれだった俺に優しくしてくれた少ない人たちのおかげだろう。

 

二人で食った値段の下がったやすいお惣菜と、以外と整理整頓された浴室のシャンプーとボディーソープと、得意料理だ、と言っていたハンバーグと香水の匂いと、少しばかりの感謝の心と。

薄情な俺はくだらないことだけは覚えているのに、肝心のその子の顔はもう忘れかけていたんだ。

 

まだ死んでないだけで、死にたいという思いはどこかにあるのかなぁ、もうわからないが、夜は泣かなくなって、救いなんてものは求めなくなって、「レンタロウはかっこいい」を嘘にしたくない。

 

嘘にしたくない!男の子だから。