エイミーは泣く

正直ただの雑記

バンドで俺たちは大人になった

21になりまして、ありがとうございます、祝ってくれた人、すくねぇけど。

バンドのメンバーが一番早かったな、あとユキミ、ありがとうね。

一番嬉しかったのが友達がハスカードゥのバンドTシャツくれたこと。

翌日のライブで着た。

 

もうちょっと気を使ったりとか作り笑いしたりとか、そういうことしないで仲良くできるように頑張って、そういうことしてるかと思えばすぐに気にくわないとキレたり、酒癖悪かったり、そういうところを治したいですね。

 

大人になったねぇ俺も。

 

中学の頃、親父がぶっ倒れて2年入院、家に帰ってこなかった。

田舎の人間は本当に陰湿で、そのことに関して大人にはあらぬ陰口を叩かれたし、学校で俺は苛立ちを隠せないで暴力ばかり振るっていて嫌われていた。

本当に学校が嫌で、たまに親父のいない書斎に閉じこもって親父の置いていったCDを聴き漁っていた。

ビートルズが一番多くて、俺は「let it be」という歌が大好きだった。

 


Beatles - Let It Be [1970]

 

音楽的に言えばカノンコード?の循環だし、アンサンブルもシンプル、だけど、歌詞が良かった。

「なすがままに」とかカッコつけて言えないけど、あぁこいつらなら言えんのかなーとか感心したし、感動したし、心が確かに動いた。

weezeroasisthe libertines、レッドツェペリン、ヴァリーマニロウ、イアンハンター、マイケルジャクソン、さだまさし、三年間、たまった鬱憤を晴らせるわけではないのに熱心に聴きこんだ、親父が帰ってきてからも。

 


Oasis - Don’t Look Back In Anger

 

早く家を離れたくて、都会の学校に出るために勉強ばかりしていた、耳に突っ込んだイヤホンからは攻撃的な音楽ばかり流れていたように思う。

パンクと、ニルヴァーナパールジャムが特に好きだった、それとサウンドガーデン

ジェネレーションX、レーガン政権の闇、タブロイド誌との戦い、世代の代弁者。

なんてかっこいいんだろう、俺はここまでなれないだろうからマジでかっこいいと思っていた。

 


Nirvana - Smells Like Teen Spirit

 

辛気臭くて俺を痛めつけた田舎を出た。

見送りは両親だけ。

ばあちゃんは車に乗らないから、家の前で泣いてた、俺も泣いてた。

孤独感だけ胸に秘めて、手を振って、最後に親父が俺の肩を叩いて、俺は泣きながら船に乗り込んだ。

 

進学先の学校にも馴染めずにいた、付き合ってた彼女には浮気された、打ちあける秘密も共有する友達もていのいい逃げ場もなく、高一の秋、大好きだった先輩は高校を辞めた。

俺のボリスヴィアンの本は持ち逃げされて、そんなことはどうでもよくて、いなくなった先輩を悔やむわけでもなく、シンナーを狭い部屋でふかすバカな年上のボンクラを見て、あぁ人が消えるのもこんなに空しいのかーなんて悲しかった。

「洋楽ばっか聴きやがって、これ聴けよ」って手渡された銀杏ボーイズの女の子がジャケットのCDとあいどんわなだい、まだ返してねぇ。

 


銀杏BOYZ せんそうはんたいツアー あいどんわなだい

 

高校二年生になって体調を崩しがちになって、学校はクラス替えがあって、またメンツの変わったクラスが本当にストレスだった、また一から話を作って笑わせて、無理に話を合わせて、そして「意味のないことが嫌いだ」と吐いた俺自身が嫌いだったし、意味のないことで笑ってた去年を思い出すとなおのこと切なかった。

 

あと友達が死んだ。

身近な人が死ぬというのは初めてだった。

おじいちゃんが死んだ時、俺はまだ小さくて、あぁおじいちゃんごめんよ、こんなに悲しいことなのに俺はもうあんまり覚えてないんだごめんなって、それで、その友達にも何一ついい思い出なんてなくて、あるのは他愛のないことで、俺がもっとシャンとしてればあの子と俺の間にもいい思い出がとか、そんなことを思ってしまうようで。

 

そういやあの頃は何聴いてたかな、あの時の初めてのバンドはエモとかハードコアに近いようなスリーピースバンドを組んでいた。

でも俺個人はjoy divisionとか、cureとかR.E.Mとか好きですごい聴いてたのは覚えてるな。

 


R.E.M. - It's The End Of The World

 

あとはELLEGARDENとかone ok rockとか流行ってたのかな、そんなんは一つも聴かずに、ガリレオガリレイとかART-SCHOOLとかゆらゆら帝国とかHi-STANDARDとかLOSTAGE聴いてたな。

 


Hi-STANDARD - Stay Gold [OFFICIAL MUSIC VIDEO]

 

それと、地元にツアーでくるバンド、かっこいいと思うのは少なかったけど、マイヘアとかSHANKが大好きだった。

 


My Hair is Bad 1st single『だまれ』全曲Spot映像

 

秋口から高校に行くのもやめてしまった。

適当に話を合わせる自分にうんざりしていたし、そんな自分に気づいてもくれない奴らが身勝手にも嫌になった。

当時付き合ってた彼女は働いていて一人暮らしだったからずっと家に入り浸っていた。

syrup16gGRAPEVINEandymoriが好きな女の子で、「レンタロウは音楽が好きで音楽聴いてるの?それとも音楽やるために音楽聴いてるの?」って、言われて気づいたけど俺は音楽やりたくて聴いてるんだな、そうだなそれは、忘れちゃいけないな、好きだけど、それじゃないんだよな。

 


andymori "革命"

 

喧嘩して奥歯を折られて、硬いもの食べられないからって、下宿先の飯なんか一口も食わずに夜中抜け出して家まで押し入って、当然のようにビーフシチューができてたなぁ、なんかいいよな、歌詞にはしないけど、したら陳腐化する。

 

大学受験とかバンドの解散とかくだらない日々のぐちゃぐちゃでたくさんのものを見過ごして、大事なものなんか彼女とお金と先輩からもらったヘッドホンとたまに小山さんと喋る時間と割と気に入っていたドクターマーチンの10ホールブーツだけだったのに彼女と別れて頭おかしくなって、卒業式間近でぶっ倒れた。

かつぎこまれた病院ではストレスとか言われて、ちょっとしてから病院かかって言われた病名が双極性障害って、冗談でしょ?つって。

 

鹿児島出るときに、「また会おうね」「出会えてよかった」「寂しいよ」ウンウン俺も俺も!ってバカみたいにうなづいて、あぁこいつらは何一つ上に書いたことなんか知りやしないし、こいつらと話した内容は俺は一つも覚えてないし、悪気はないんだろうけどさ、ヘラヘラして、どうせ俺のことなんか忘れて楽しく人生歩んでいくんだから寂しいとか冗談でも言うなバーカ!とか思ったけど、小山さんが「お前は俺の息子みたいなもんだから、だから幸せになれよ」つった時はマジで寂しくて涙止まらんかったし、元カノの家で飲んだブラックニッカは苦くて不味くて俺は「俺はもうちょい上手くやればこんなにならんで済んだの?」つって、俺はもうひどく情けないけどなんで別れたんだ、俺は幸せになりたかったって寂しかったなぁ。

 

京都に出てきて、暮らして、いろいろダメになって、やっぱバンドやろ、音楽やろ、って東京に家族に何の相談もなく出てきて、まぁ案の定辛い日々でしたが、タケシが助けてくれて、高山さんに世話になって、伊藤さんと仲良くなって、大森さんが現れて、二人でヒーヒー言いながら曲作ったり酒飲んだりして、ギター何人もクビにして、レイさんが現れて、全然聴いてきた音楽も通ってきたジャンルも違うのにバンドに入ってくれて、なんとかライブして、でも悔しい!でもやる!ってそんなことしてる間に21でした。

 

「レンタロウくん、カートがnevermindを出したのは24歳の時だよ、そんな感じの、狙ってみても、いいんじゃない?」と偉そうなジジイに言われた。

 

俺は3枚もアルバム出すほど、そんなに才能ないので、出せてもせいぜい2枚かそこらくらいで多分音楽止めてると思いますよ。

 


Joy Division - Disorder

 

果たしてどうなるんですかね。

てかなんなんですかねこの文章は、長い。

 

てか音楽ってなんですか?

いいもんでしょうか?

知りません。

 

まぁ寂しいです、未だに。

寂しいから過去を悔やんで曲でも書いてるんでしょうなぁ。

そんなうちに時代に名を連ねて、あわよくば時代をくれるならもらいます。

 

時代を貰えば昔の俺も許してくれるでしょう。

次はうまくやるよ。